エンジンは点火したのに、ロケットは飛ばなかった。2023年2月17日、人工衛星を宇宙へ運ぶ日本の新型ロケット「H3」は、機体が異常を検知し、離陸前に打ち上げを中止した。
当時、もう一つ話題になったのが三菱重工の株価だ。SNSでは、三菱の主エンジンは動いたのに、なぜ三菱重工株が下がるのか、と疑問の声が上がった。
ただ、点火しなかった装置が故障していたわけではない。三菱重工も、エンジンだけを作っているわけではなかった。打ち上げ直前に何が起き、H3はその後どうなったのか。
機体が異常を検知し、離陸前に止めた
H3は、JAXAと三菱重工が開発を進めた国産ロケット。人工衛星などを宇宙へ運ぶため、打ち上げ費用の低減や使いやすさの向上を目指していた。2023年2月17日は、その試験機1号機が初めて飛ぶ予定の日だった。
主エンジン「LE-9」は点火した。しかし、その先へ進まない。機体の制御装置が異常を検知し、離陸を助ける補助ロケット「SRB-3」へ点火の信号を送らなかったためだ。
ここで紛らわしいのが、「点火しなかった」と「故障していた」は同じではないこと。JAXAが後に示した資料では、SRB-3自体に異常はなく、安全のために止める仕組みが働いたと説明されている。ロケットや搭載衛星に損傷もなかった。
初打ち上げを待っていた側からすれば、拍子抜けする場面だっただろう。それでも、異常を検知した状態で飛ばさず、地上で止められたことには意味がある。「飛ばなかった」という見た目だけでは、そこまでは分からない。
詳しくは、JAXAの当日の中止発表と、3月3日のJAXA説明資料(本文1ページ/PDF2ページ)を参照。
三菱重工は機体全体を担当。株価下落の原因は断定できない
当日の「市況かぶ全力2階建」の記事には、三菱重工株が場中に急落したことを取り上げたSNS投稿が掲載されている。中には、主エンジンは点火したのに、補助ロケット側を担当するIHIより三菱重工の株価が下がるのはおかしい、という趣旨の反応もあった。
動いたエンジンの会社が売られる。そこだけ聞けば「なんで?」となる。ただし、JAXAが説明する開発体制では、三菱重工はH3の機体開発全体を取りまとめる立場だ。主エンジンが点火したからといって、計画全体と無関係にはならない。
一方、それをもって「この責任を嫌気して投資家が売った」とまで言い切ることもできない。当時の投稿は値動きを見た感想で、売買した人の理由を確認したものではない。点火しなかった装置だけを見て、別の会社に原因や責任を振り分けるのも早計だ。
急落は当日中に持ち直し、年末には約6割高になった
急落したあと、そのまま下がり続けたのか。少なくとも当日は持ち直し、前日より高い終値で取引を終えている。三菱重工の株価時系列を見ると、打ち上げ中止前日の終値は5,025円。当日の2月17日は5,084円で、59円高だった。
ただし、翌日から一直線に上がったわけではない。翌営業日の20日は5,046円、24日には4,946円となり、中止前日の水準も下回った。その後、2023年最後の取引日である12月29日の終値は8,241円。中止当日の終値と比べると、約62%高くなっていた。
| 日付 | 終値 | 経過 |
|---|---|---|
| 2月16日 | 5,025円 | 打ち上げ中止の前日 |
| 2月17日 | 5,084円 | 中止当日。前日比59円高 |
| 2月20日 | 5,046円 | 翌営業日は下落 |
| 2月24日 | 4,946円 | 中止前日の水準を下回る |
| 12月29日 | 8,241円 | 中止当日の終値より約62%高 |
表はすべて2023年当時の、株式分割前の価格。「場中に急落した」と「その日、前日より下げて終わった」は違うし、「当日中に戻した」と「その後ずっと上がった」も違う。
今の株価と比べると、さらに印象が変わる。2026年11月8日時点で直近の取引日となる11月6日の終値は2,913円。数字だけなら当時より安く見えるが、三菱重工は2024年4月1日付で1株を10株に分割している。
分割後の1株にそろえると、2023年2月17日の5,084円は508.4円相当。これと2,913円を比べれば、株価は約5.7倍になっている。配当を含めた運用成績ではなく、株式分割を調整した終値同士の比較だ。
もっとも、直近も上がりっぱなしではない。2026年10月30日の終値3,413円から、11月6日には2,913円へ下落している。長い目では当時より高くても、足元では下がる。その両方が同時に起きている。
これだけ上がったからといって、H3の成功が株価を押し上げたと決めつけることはできない。三菱重工株は会社全体への評価を受けるもので、ここで示した値動きだけでは、H3がどれほど影響したかは分からない。
「急落」の二文字だけでは、その日の終値も、その後の上昇も見えてこない。あの場面だけで、数年後の株価まで見通せたわけではなかった。
H3は翌年に初成功。その後も打ち上げを続けている
では、H3は結局飛べたのか。初成功は2024年2月17日。地上で中止した日から、ちょうど1年後だった。
そこまでの道のりは平坦ではない。2023年3月7日には試験機1号機が離陸したものの、第2段エンジンが着火せず、打ち上げに失敗した。2月の「離陸前に止めた出来事」と、3月の「飛行中の失敗」は別の話だ。
翌年の試験機2号機は、計画どおりに飛行して所定の軌道へ到達した。その後は衛星などの打ち上げを重ねたが、2025年12月22日の8号機では「みちびき5号機」を予定の軌道に投入できず、再び失敗している。
その後、2026年8月11日には9号機が「みちびき7号機」を所定の軌道へ投入。10月20日には10号機が、火星の衛星を調べる探査機「MMX」を正常に分離し、軌道に投入した。
発射台から動かなかった日の映像を見れば、先行きが心配になるのも分かる。しかし、あの日だけでH3の将来を決めつけることはできなかった。初成功で課題がすべて片づいたわけでもなく、その後の打ち上げで実績を積み上げている。株価の一場面より、運ぶはずだったものを実際に運べたか。今振り返るなら、そこまで見ておきたい。
その後の経過はJAXAの発表で確認できる。